バイリンガルLisa.Kのひとつ上ゆく英語ネタ

音楽耳は聞き分け耳

これから書きますことにはなんの確証もありませんし なんの科学的根拠もありませんし 統計をとったわけではありません。
あくまでも 30代後半から勉強し英会話講師・通訳になったわたしの私見ですのでご反論はご容赦を。

わたしは小さい時から音楽が好きでした。

母によりますと1歳になる前から音楽がかかると拍子をとっていたという 口先女のわたし です。 

歩けないし はいはいもしないのに・・・ 

1歳頃になると歌がかかるとすぐに覚え おぼつかない発音ではありますがリズム正しく 音程正しく歌っていたそうです。

とにかく音楽ならなんでも聴いておりました。クラシックだろうが歌謡曲だろうが。
今でもそうですが私の中には 好きなものは好き でクラシックだとかジャズだとかポピュラーだとかの区別はありません。 混在しております。

さて本題に入ります。

最近 英語耳 という言葉をよく聞きます。 英語耳って一体なんなのでしょうか。

わたしはそのテのコマーシャリズムに乗った本は一切読みませんから 本当はどういうものなか知りませんので 解釈に間違いがあるかもしれませんが 要は 英語の音を聞き分ける耳 と理解しております。
英語の音を聞き分ける耳 とは つまり わたしたちが話す日本語にない母音・子音を聞き分ける能力を持った耳 とでもなるのでしょうか。

この 音を聞き分ける能力 と言いますのは持って生まれたものに大きく左右されるということを 英語の歌を教えながら痛感いたしました。

こう書きますと じゃあ能力がなければできないのか ということにもなるのですが その能力を持った人でも 育った環境 住んでいる場所 生活の仕方 日本語の発音にどれだけ気をつけて暮らしているか どんな音楽を聴いているか そしてどのような聴き方をしているかによっても 大きく違ってきます。

ですからたとえその持って生まれたものが小さくても 幼い頃から耳を訓練して育ててやれば ある程度までは育つもの と考えております それ以降は本人の努力でしかありません。

わたしは 英会話初心者の頃 よく You have a good ear. と言われておりました。
つまり 耳がいいね です。
フランス語の勉強していた頃も 皮肉屋の社会学者に あなたは発音だけはいい と言われておりました。

NOVA の VOICE ROOM で色々な日本人と話をしましたし 彼らが英語を喋っているのを聞きましたが まず 日本語の滑舌の悪い人は英語の発音もへたですね。 これは舌の使い方だと思います。
それから クリアーで外国人に理解され易い英語の発音をする人は 日本語の滑舌もよく お訊きしてみると 大抵音楽が好きで小さい頃から色々な音楽 特にクラシックを聴いていらっしゃいました。

わたしの歌の講座は 本来は英語の発音のメカニズムと英語のリズムを学ぶためのものでしたが カラオケ教室と勘違いなさっていらっしゃっている方も多々いらっしゃいました。 

それでも わたしはまず最初に その曲のポイントとなる単語の発音の仕方をお教えして練習をしてもらっておりました。
でも 大抵の方はその時はなさるのですが 歌を歌う段階になると またカタカナ発音に逆戻りということが多かったですね。

ところが 音感の良い方はきちんとなさるのです。 

そして練習もきちんとこちらがお教えした通りにしていらっしゃいます。
そういう方は耳が良いのですね。つまり聞き分け耳が育っているのです。

思いますに 音楽畑の人が留学した際にその国の言葉を学ぶのに苦労した という話は聞いたことがありません。
スポーツ選手の苦労話はよく聞きますが・・・

つまり音楽耳を小さいうちから育てると 英語耳 或いは 外国語耳 になるのが早いのです。

ですから 小さいお子様をお持ちのお母さまから 音楽教室 と 英語教室 と通わせるならどっちが良いかというご相談を受けると 迷わず音楽教室をお薦めしておりました。

言葉は育てるものです。

わたしの日本語だって 20代の時と 還暦を迎える年齢になった今とでは違っております。 

幼少期にちょっとくらい習ってみたところで ずっとずっと続けなければ意味がありません。
ちょくちょくいらっしゃいますが 10代で海外に留学した方でご自分は英語が喋れると思っていらっしゃるので 30代になろうか或いは30代になっても10代の英語のままということがあります。 

つまり慢心して言葉を育てていないのです。
英語にも 年代にあった言葉遣い・発音があるにもかかわらずです。

英語を話す機会が少ない日本で暮らすだけなら 英語は学校で学ぶだけで充分です。
基礎的なことをしっかりと勉強しておけば 後になって必要な時にその使い方を学びに行けば喋れるようになります。

喋らなければ喋れるようになりませんし 積極的にコミュニケーションをとろうという気持ちがなければ 聞き分け耳 も育ちません。

ネイティヴのようにという言い回しをよく聞きますが どうしたってネイティヴにはなれません。だってそこの国で生まれていないのですから 二言語のネイティブなんぞ存在し得ないのです。

どちらかの言葉の何かが欠落しているはずです。

もちろん その後の努力でその国に生まれた人のごとくそこの言語を操ることはできるようになることは確かですが 使う頻度が高い言語能力の方がどうしても勝ってしまいます。そしてそれは仕方のないことなのです。

英語にしろ他の外国語にしろ 単に意思疎通の為のツールでしかありません。
日本人同士であの人の発音がどうのこうの というのはナンセンスですね。
ネイティヴはそんなことは言いません。自分に分かる言葉を喋ってくれるかどうかだけが問題なのです。

小さい子には良質の音楽を聞かせて まず 聞き分け耳 をつくり 母国語の滑舌をしっかりさせ 母国語できちんと自分の意見を言える教育をすることが先決ですね。

最近 若い人の滑舌が悪くなってきているような気がして仕方がありません。

英語が喋れるからかっこいいわけではありません。 
その人の生き方が 潔くかっこいい かどうかです。

*この記事は ブログ もう頑張らないばばぁの覚書 の一番人気の記事を一部変えて転載したものです。